名前:小柳智則

生年月日:1981年11月18日

出身地:静岡県静岡市

エピローグ

高校2年生の時に初めて劇場で観た映画アルマゲドン。エンドロールがエアロスミスの歌と共に流れてきた時、衝撃が走りました。当時人を感動させられる仕事に将来つきたい。と思っていた僕は、急いで家に帰り、いきなり「映画を作る仕事がしたい」と言ったのを覚えています。

この時から「誰かを感動させられる映画を作りたい」という夢を抱くようになりました。

進学するつもりで準備していたことを全て辞め専門学校に進む決意をしました。

東放学園専門学校 デジタル映画科

「池袋ウエストゲートパーク」で一世風靡した堤幸彦(監督)さんや直木賞作品「GO」の行定勲(監督)さんが卒業した学校で、ここに入学すればすぐにプロになれると思っていました。

映画の知識が全くなかった(ほとんど見たことなかった)ので周りの友達や講義に来た講師の方々の話がほとんどわからなくて、学校で何を学んで良いのかよくわからないという状態で毎日を過ごしていました。それと合わせ東京の輝き(笑)少し歩けばいろんなお店があり、とにかく便利ですし、刺激的な人が溢れている。とはいえ僕は学校に皆勤賞で通いました。授業の内容は全く理解してなかったですけど。

専門学校の学費は決して安くない。

この事実は、1つの壁であることは間違いありません。しかし、高い学費を払っているからこそ、僕は親の顔が頭から離れなく、絶対業界に入ってプロになってやるって思っていました。

甘かった…

とにかく学校で真面目に授業を受けていれば学校が仕事を紹介してくれてプロになれると勝手に思って、いつか声をかけてもらえる日を待ち続けていましたが、その日は、きませんでした。

卒業間近になり焦って地方のテレビ局の試験を受けたりもしましたが、やはり夢は諦めきれなく、学校の講師に来ていたシナリオの先生に頼み込んで、業界の仕事を紹介して頂きました。

Vシネマの助監督

3ヶ月働きました。収入はゼロでした。このままでは生活もできなくなるという事実をシナリオの講師に相談した結果、ギャラを払ってもらえることになりましたが、制作会社のプロデューサーに3ヶ月で3万と言われ、その現場を抜けさせていただきました。

業界にはこの様な、よくわからない闇も存在しています。学校はハローワークではなく、横のつながりで変な現場に行ってしまえば、収入もなく諦めざるを得ない環境になってしまう。

夢を追いかける皆さんを押し上げる存在になりたい。

僕はこの時の自分の経験をもとに、できうる限りの支援をしたいそう考える様になりました。

Vシネマの現場を抜けてからは、とても素敵な出会いもあり、沢山の一流と呼ばれる作品にご指名いただきながら、現在はフリーランスでプロデューサーをしております。

過去の作品は↓こちらです。

小柳智則作品歴

僕が学んできた全てを包み隠さずに学校よりも実践的であり必要なポイントをわかりやすく伝えることで、よりスピーディーに金銭面の考慮から早くお金が稼げる様に映像業界以外に進むことになっても無駄にならないノウハウやマインドを伝授します。

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